暮らしのタネ

いのちの火が消えるその時まで。間質性肺炎の母を看取った後悔と静寂

「息が苦しい、もうだめだわ。」

ある日の朝、母はそう言って

机に突っ伏してしまいました。

長い間、SNSやブログをおやすみしました。

母の介護と看取りで。

母は間質性肺炎で

携帯の酸素吸入機を

利用してましたが

日に日に悪化。

入退院を繰り返し、

医者から余命宣告。

最期のチャンスをいただき

家で孫たちと

穏やかな日々を過ごしました。

そんな日も

ある日突然終わりを告げ

病院へ急搬送。

それから1週間後

他界しました。

最期の瞬間は

父と姉と私で

手をつなぎ

頭をなでながら。

この世から

本当にいなくなってしまう

最期の瞬間に

私たちができることは

「ありがとう」

「がんばったね」

その気持ちを伝えるため

ただ手を握り

そして優しく体を

さすることだけでした。

「どうか悲しまないで。

家族みんながそばにいるよ。

どうか苦しまないで。

自然の摂理にまかせて

穏やかに逝かせて下さい。」

人が最期の瞬間にできることは

ただ「祈ることだけ」

と悟りました。

私は母の手を握りながら

幼き頃を思い出してました。

近所のスーパーで

迷子になった時に

必死に探してくれましたね。

あなたの優しい笑顔を見つけた瞬間

私の心は安堵感で包まれました。

小さな台所では

何千何万回ものご飯を

たった一人で作り

食べさせてくれました。

お餅の入ったうどんは

嫌いだったけど

ビーフストロガノフは

お店の味でした。

精一杯育ててくれた

その手の温もりを

忘れないように

この1秒、1秒を

お互いに味わいながら

穏やかに

静かに

時計の針が

止まりました。

生きものの生命は

結局のところ

その生きものが持っている

生命力が頼りで

医療はその生命力を

ただ助けるために

存在しているのだと

気付きました。

病院まで片道1時間30分と

決して便利とはいえない

田舎の里山の暮らし。

それはそれでとても大変だったけど。

それでも家族の「生命」を

考えたときに

私たちが住むべき場所は

やはりここなんだ。

時が経てば経つほど

そう確信するようになりました。

美しい水と、空気と、みどり。

私たちを支えてくれる

すべてがここにある。

だからまた

ここから

里山暮らしの

楽しさや美しさを

皆さんと共有したいと思います。

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