「ほんものでありたい」
僕の住んでいる地域には、
60年以上続く自然保護団体があります。
なぜ60年も続いたか。
それは自然だけでなく
人に対する
「やさしさ」があったからじゃないかと
感じます。

僕が自然保護の仕事で
いろいろと思い悩んでいるときに
60年前に九重の自然を守る
活動をされていた
「赤峰武」さんの言葉と
出会いました。
赤峰さん
「人間がこれまで永い間、
自然破壊をしつづけてきたことは事実であり、
これからもやはり続けていくだろう。
だから、人間が原告と被告の席について、
お互いに勝った負けたということが
あるわけがないのである。」
「みんな被告席について、
被告同士で語り合い、
手を取り合って前向きに
歩調をそろえて進みたい。」
「自然は人間の命である。
自然保護運動は本来地味である。
自然のこよなき愛情がなければ
続かない。
説得力がなければ
この運動はなりたたない。
奉仕の勇気がなければ
説得力は身につかない。
九重の自然を守る会は
「ほんもの」でありたいと願ってきた。
これからもこの願望は
捨てられない。」
この地域の自然を愛するだけでなく
人を愛し、暮らしを愛する。
いつでも
どんな人でも受け入れる大らかさ。
世間に負けない芯の強さ。
この根底に流れる、
人間の弱さへのまなざし。
「自分たちも自然をこわす側にいる。」
だからこそ仲間への言葉は
やさしさに満ちていたのでしょう。
誰かを責めるのは簡単だけど
それは言葉に「力」ではなく
憎しみがこめられてしまう。
赤峰さんは
こわれてしまった自然は
簡単には戻らないけど
人のこころや絆も
戻ることはない。
その痛みを
誰よりも理解していたんじゃないかと
思います。
真のやさしさ、強さとは。
みんなとお話しすること。
そんなことを
僕に教えてくれた言葉でした。
