暮らしのタネ

「時間が薬」にならないあなたへ。九重の里山が、母を亡くした僕のグリーフケアになった理由

「時間が解決してくれるよ」

そんな慰めの言葉が、

かえって自分を追い詰める

刃物のように感じてしまう。

そんな夜はありませんか。

大切な人を亡くしたあとの、

凍りつくような静寂と、

やり場のない後悔。

僕もかつて、その暗闇の中にいました。

救いがないように思えた

僕の心をほどいてくれたのは、

特別なカウンセリングでも、

誰かの言葉でもなく、

大分・九重の里山に流れる

「自然の営み」でした。

この記事は、

母を看取り、絶望の底にいた僕が、

九重の土に触れ、

四季の巡りを見つめる中で見つけた

「悲しみと共に生きていくための知恵」を

綴ったものです。

もし今、あなたが暗闇の中にいるのなら。

ほんの少しだけ、

僕と一緒に九重の風を感じてみませんか。

葬儀のあとの、耐えがたい「静寂」と「後悔」

「この気持ちはいつになったら

癒されるのだろう」

母が亡くなり3週間が経った頃

そんな気持ちにおそわれました。

母との最期の日々 〜間質性肺炎と在宅介護、そして里山での穏やかな暮らし〜 「息が苦しい、もうだめだわ。」 ある日の朝、母はそう言って 机に突っ伏してしまいました。 長い間、SNSやブ...

僕は肉親を亡くすまで

グリーフケアの存在を知りませんでした。

グリーフケアとは

死別の悲しみを抱える遺族をサポートすること。

でもグリーフケアをしてくれる人なんて

僕は身近に見つけることができませんでした。

昔はお坊さんがお経をあげるだけでなく

話を聞いてくれたり

故人のエピソードを交えながら

人が生きていくことの意味を

教えてくれたといいます。

僕は霊柩車でかえったばかりの時に

近所隣のおばちゃんたちが集まって

ご飯をつくってくれて

あったかい味噌汁を飲ませてくれたことで

心のこもった「生」を感じることが

できました。

お葬式の最中は

集落の人がお手伝いに来てくれて

友達もかけつけてくれて

母の肉親や友達も来てくれて。

それはもうにぎやかで。

お葬式が終わった後の

直会(なおらい)で

いっぱい飲みながら

わいわいしてくれている様子を見て

「きっと母も喜んでるだろうな」という

迷いのない確信がありました。

きっとこれはみんなが集まってくれて

僕たち家族をグリーフケアしてくれたんだと

思います。

母の葬儀で気づいた田舎の絆(きずな) 「大変おさみしいことができました。 最期までお母さんもあなたたちも よく頑張ったわね。 疲れてるでしょう。 は...

でもお葬式など

全てのことが終わって

家族だけになった瞬間。

そして夜、ひとりで布団に入る瞬間。

車で一人で運転しているとき。

ホンモノの悲しみが

どうしようもないくらいに

おそってきました。

なんであのとき

あんなひどいことを言ったんだろう。

「いらんことせんで、大人しくとって!」

「あんたは僕の何をわかっているんだ!

もうほっといてくれ!」とか

もっと生きている間にやさしい言葉を

たくさんかけてあげればよかった。

「小さい台所でたくさん

ご飯を食べさせてくれてありがとう。」

「大きくなるまで本当に見守ってくれて

ありがとう。」とか

もっと最後の時を穏やかに過ごさせて

あげたかった。

「最期の自宅静養が認められたとき

仕事なんて休んでそばにいてあげればよかった。」

「お医者さんから入院中、

甘いものはとめられてたけど、

母が大好きなシュークリームを

最期ちょっとだけなめさせてあげればよかった。」とか

ひとりになった空白の時間と空間を

すきまなく埋めるように

とめどもなく後悔と悲しみが

あふれるようになりました。 

そしてそれは一晩でやむのではなく、

毎日毎日、ある瞬間ごとに続き

1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と

時が経つほどひどくなりました。

なぜ、里山の四季は「心の穴」を埋めてくれたのか

時間は薬。

時間が経てば全てを解決してくれる。

本を読むとそんなふうな

「答え」が出てきます。

でも僕は「答え」を探しているのではなく

このやり場のない悲しみと後悔を

どうしたら良いのだろう、と

今、この瞬間の

心のもち方がわからず

毎日ふとした瞬間に

泣き続ける生活を続いていました。

もしかしたら誰かにわかって

欲しかったのかもしれません。

僕の後悔も悲しみも。

心の中は文字通り空っぽのはずなのに

悲しみと熱い気持ちが交互に波打つように

やってきます。

「ごめんね。」

「ありがとう。」

ただその繰り返しの波に

身をまかせる毎日でした。

春に芽吹き、秋に枯れる。土の上で知った「自然のさだめ」

その気持ちに大きな変化が起き始めたのは

里山の自然のなかに

母の姿を見たからでした。

ウグイスが家のすぐ近くにやってきて

春を喜ぶように鳴いている。

ああ、母が様子を見にきたのかも

しれない。

それから自然の中に

母の姿を追い求めている自分に

気がつきました。

春は誕生期。

植物たちは発芽して

新緑がまぶしい。

生き物たちは子供を産み

すくすくと育つ。

僕も田植えをおこないます。

夏は青年期。

みんなぐんぐん伸びて

大きくなる。

草刈りがとても大変な時期ですが

1年でいちばん涼しくて

高原がかがやく時期です。

秋は成人期。

生きものたちは恋の季節。

みんな子孫を残し

自分の体は枯れていき

冬に向けて準備が始まる。

稲刈りの時期で

おいしいお米がとれます。

自分の体は枯れても

循環していく命の種を

静かにそこに宿します。

冬は壮年期。

真冬で雪がまう−10度の厳しい環境。

その中でも生き物たちは

何もしないのではなく

次の春が来るのを

ただじっと凍りついた地面の下で

待っている。

それは再生への眠りの時期。

自然は僕に何かをしてくれるのではなく

ただ静かにそこに「あった」のでした。

命のバトンを、九重の土の匂いの中に感じる

九重の自然は

ただそこにありました。

何もしないのではなく

命のバトンを次につなぐ作業を

誰にも知られずに

そっと行い続けていました。

真冬から春になる直前。

必ず春の嵐がやってきます。

今まで無味無臭だった

冬の氷の世界が一変し

湿った土の香りと湯気があちこちで

立ち込めます。

僕はこの土のにおいが大好きで

春の予感にワクワクします。

春の嵐の時には

決まって虹があらわれます。

まるで次の春をお祝いするように。

四季を身近に感じる生活をしていると

生まれたばかりの赤ちゃんが

いつの間にか大人になり

子孫を残して

老いたものは旅立つ。

そうやって、命は繰り返していく。

それが自然のさだめなのだと

頭ではなく感じるようになりました。

この自然のさだめを

感じるようになったとき

「ああ、これでよかったのかもしれない」と

ただその現象を

ありのままにとらえるように

なりました。

悲しみは消さなくていい。それは「生きていく力」に変わるから

すると

悲しい気持ちは

生きていることへの

感謝の気持ちに変わりました。

里山が教えてくれたのは

「死のうけいれ」ではなく

「生と死が隣り合わせであることの安心感」

でした。

悲しみは決して消えない。

2年、3年たっても

あの頃を思い出すと

涙があふれだします。

でも悲しみを抱えたまま、

今日という日を耕していけばいい

九重の里山が

そう教えてくれました。

もし今、出口のない暗闇の中にいるのなら

もし大事な人を亡くして

心がどうしようもなく苦しくて

終わりが見えないようであれば

里山の自然の中で暮らしてみませんか?

きっと里山の自然は

あなたとともに

静かに

ただそこに

あり続ける思います。

おわりに

母の目には、

僕がこんなふうに映っていたのだと、

今になって気づきました。

この絵は、母が元気な時に

九重で暮らす僕を

描いてくれたものです。

自分の顔を出すのは、

今でも本当は苦手で、

相当恥ずかしい。

だけど、

この記事をここまで読んでくださった

あなたにだけは、

「九重の自然が、

僕をこんな顔に変えてくれたんだよ」

ということを、理屈ではなく、

この絵でお伝えしたかった。

悲しみの底にいるときは、

鏡を見るのもつらいかもしれません。

でも、あなたを愛した人の目には、

あなたという存在が

生という光の中に

映っているはずです。

きっと大事な人はあなたを

とても愛してた。

そんなことに大人になって気づいた

僕の中年の危機の物語もどうぞ↓↓

中年の危機を救った「希望」の正体。実家を解体し、母を送り、僕が仮面を脱ぐまで。 台湾の空に飛ばした「世界平和」のランタン なぜ塾のない九重の山奥から、台湾へ向かったのか 僕は家族みんなを 台湾に連...

Satoyama Grief Care: For Those Who Have Lost Someone Dear

Does the phrase “Time heals everything” ever feel like a knife, pushing you further into a corner?

The frozen silence after losing a loved one. The suffocating regret. I, too, was once lost in that darkness. What unfurled my heart was not special counseling or words from others, but the “rhythms of nature” flowing through the Satoyama of Kokonoe, Oita.

This article is a record of the wisdom I found while living close to the earth and watching the cycle of the seasons after losing my mother. If you are in the dark right now, won’t you join me for a moment and feel the breeze of Kokonoe?

The Unbearable Silence and Regret After the Funeral

“When will this pain ever be healed?” This thought overwhelmed me about three weeks after my mother passed away.

Until I lost a close family member, I didn’t know the term “Grief Care”—supporting those grieving a death. I couldn’t find anyone nearby to provide it. In the past, monks did more than just chant; they listened and taught the meaning of life through stories of the deceased.

When my mother’s body first returned home, the neighborhood women gathered to make rice and warm miso soup. Through that, I felt a heartfelt sense of “life.” During the funeral, local villagers and friends helped out, creating a lively atmosphere. Seeing everyone gathered and drinking together at the post-funeral gathering (Naorai), I felt a certain conviction that my mother was happy. I believe that community was our grief care.

Why the Seasons of Satoyama Filled the “Hole in My Heart”

But the moment the funeral ended and it was just the family… in the quiet of the car, or when getting into bed alone, a profound sorrow attacked me.

“Why did I say such harsh things back then?” I wished I had said kinder words while she was alive. I wished I had let her taste her favorite cream puff one last time, even if the doctor had forbidden sweets. The emptiness was filled with endless regret, getting worse after one, two, and three months.

They say “Time is medicine,” but I wasn’t looking for an answer; I just didn’t know how to handle my heart in the moment. I spent my days crying, repeating “I’m sorry” and “Thank you” like waves.

Life’s Baton: Feeling the Scent of the Earth

The change began when I saw my mother’s presence in the nature of Satoyama. A bush warbler singing near the house felt like her coming to check on me.

In Satoyama, the seasons follow a “Destiny of Nature”:

  • Spring (Birth): Sprouting plants and dazzling greenery.
  • Summer (Youth): Everything grows tall and the highlands shine.
  • Autumn (Maturity): Life leaves seeds behind as bodies wither, preparing for winter.
  • Winter (Golden Years): In -10°C, life waits beneath the frozen ground—a sleep for rebirth.

Nature was just “there,” quietly passing the baton of life. When I felt this scent of the earth, I realized that life repeats itself. I began to see her death not as an end, but as part of this natural order.

Sadness Doesn’t Have to Vanish: It Becomes the Strength to Live

My sadness transformed into gratitude for being alive. Satoyama taught me not “acceptance of death,” but the “peace of knowing life and death exist side-by-side”.

Sadness never truly disappears. Even years later, tears may fall. But we can keep tilling the fields of today while carrying that sadness.

Afterword I realized only now how I was reflected in my mother’s eyes. This portrait was drawn by her, depicting me living in Kokonoe before she passed. I am still shy about showing my face. But to you, who read this far, I wanted to show—not through logic, but through this art—how the nature of Kokonoe changed my expression.

Even if it’s hard to look in the mirror right now, in the eyes of the one who loved you, you are reflected in the light of life.

里山悲傷輔導:給失去至親摯愛的人

序言:致那些覺得「時間會治癒一切」是種傷害的人。

「時間會解決一切的。」這句話是否曾像利刃一樣,讓你感到更加走投無路?

失去至親後那凍結般的寂靜,以及無處安放的悔恨。我也曾身處那樣的黑暗中。最終解開我心結的,不是特別的心理諮商,也不是誰的言語,而是流淌在大分縣九重町「里山」中的自然律動。

這篇文章記錄了我在陪伴母親走完最後一程、身處絕望深淵時,透過觸摸九重的土地、觀察四季更迭所發現的「與悲傷共存的智慧」。如果你現在也身處黑暗,願不願意和我一起,感受一下九重的風?

葬禮後的難熬「寂靜」與「悔恨」

「這份心情究竟何時才能痊癒?」在母親去世三週後,我被這種情緒重重襲擊。

直到失去親人,我才知道「悲傷輔導(Grief Care)」這個詞——指對面臨死別之痛的遺族提供支持。但在身邊,我很難找到能提供這種幫助的人。過去,僧侶不只誦經,還會透過故人的故事教導生命的意義。

當靈車剛回到家時,鄰居的大嬸們聚集起來為我們做飯、讓我們喝下熱騰騰的味噌湯,在那一刻,我感受到了充滿溫情的「生命」。葬禮期間,集落的人們、朋友們都來幫忙,氣氛熱鬧非凡。看著大家在葬禮後的聚會(直會)上熱烈交談,我深信「母親一定也很開心」。這份集體的陪伴,就是對我們的悲傷輔導。

為什麼里山的四季能填補「心靈的空洞」

然而,當一切儀式結束,重新回到只有家人的那一瞬間。獨自入睡的夜晚、獨自開車的時刻,真正的悲痛如潮水般襲來。

「為什麼那時候要說那麼過分的話?」我多希望在她活著時多說些溫柔的話。多希望在最後的時刻,能讓愛吃甜食的她舔一口奶油泡芙,即便醫生當時禁止了。悔恨與悲傷填滿了空白的時間,隨著一個月、兩個月、三個月過去,反而愈發強烈。

雖然書上說「時間是良藥」,但我尋找的不是標準答案,而是此時此刻該如何安放這顆破碎的心。我每天在「對不起」與「謝謝」的淚水波浪中度日。

生命的接力:在九重的土香中感受

當我在里山的自然中看見母親的身影時,心情開始發生了轉變。在屋子附近啼叫的鶯鳥,彷彿是母親回來探望我。

在里山,我透過土地感受到了「自然的宿命」:

  • 春天(誕生):植物發芽,新綠耀眼。
  • 夏天(青年):萬物茁壯成長,高原閃耀著光芒。
  • 秋天(成熟):留下生命的種子,軀體枯萎,為入冬做準備。
  • 冬天(壯年):在零下10度的嚴寒中,生命在冰凍的土下靜靜等待重生。

自然只是靜靜地存在於那裡,默默地進行著生命接力的工作。當我感受到土的氣息,我明白生命就是這樣循環往復的。這讓我能平靜地接受母親的離去,將其視為自然律動的一環。

悲傷不必消失,它會轉化為「活下去的力量」

悲傷的心情最終轉化成了對「活著」的感謝。里山教給我的不是「接受死亡」,而是「生與死並存的安心感」。

悲傷永遠不會消失。即使過了幾年,想起往事仍會流淚。但我們可以帶著這份悲傷,繼續耕耘當下的每一天。

結語 直到現在我才發現,在母親的眼中,我是這樣的一個存在。這幅畫是母親去世前,畫下我在九重生活時的模樣。雖然公開自己的長相讓我感到有些難為情,但我想向讀到這裡的你傳達:九重的自然,讓我的臉龐變成了這副模樣。

即使現在的你痛苦到無法直視鏡子,但在愛你的人眼中,你依然映照在生命的光芒之中。